最近の海外の人材開発関連のカンファレンスでは、Learning Ecosystem(ラーニングエコシステム)への取り組みに関するセッションを目にすることが増えてきています。「ラーニングエコシステムを構築中です」や、「弊社のラーニングエコシステムは」といった表現で使用され、自社の取り組みを紹介しています。
このラーニングエコシステムと言う言葉が使われて来るようになった背景には、今までの人材育成の環境では対応しきれなくなってきているということが挙げられます。
ビジネス環境の変化やテクノロジーの進化により、従業員には、リスキリングや継続的な学習が求められるようになってきました。そのため、従来の研修や自己学習、OJTといった取り組みを行うだけでなく、エコシステム、つまり生態系のように、それぞれがつながり、影響しあうような環境の構築に取り組んでいく必要がでてきています。
加えて、企業視点から従業員視点の人材育成への切り替えに伴い、包括的に見直していくという観点からもエコシステムへの取り組みにつながっていると考えられます。
ラーニングエコシステムは、従業員を中心におき、従業員が成長していくための様々な体験で構成された包括的な環境ともいえます。
それでは、「人材開発」「ラーニング」「テクノロジー」の3つ観点から、ラーニングエコシステムがどのように構成されているかをご紹介していきます。
■人材開発としてのラーニングエコシステム
人材開発の観点でのラーニングエコシステムとして、マークローゼンバーグ氏の資料を紹介します。この図は2017年のATDのカンファレンスのセッション、「From Content Creation to Content Curation」の中で、紹介されていました。ATDの会員の方はセッションのビデオを参照することができます。
人を中心に置き、人材が成長するために必要な機能が連携されています。その機能は、タレントマネジメント、パフォーマンスサポート、ナレッジマネジメント、専門家へのアクセス、ソーシャルネットワークとコラボレーション、構造化された学習です。
それぞれ、次のような点での関連があります。
・タレントマネジメント:将来に向けてのキャリアやスキルなど
・パフォーマンスサポート:業務支援、マニュアル、ジョブエイドなど
・ナレッジマネジメント:ノウハウの調査や蓄積、ナレッジマネジメントなど
・専門家へのアクセス:アドバイスや、サポートなど
・ソーシャルネットワーク:情報共有やフィードバック、協調作業など
・構造化された学習:フォーマルラーニング、トレーニングなど。
管理者視点で今まで存在していた仕組みを従業員視点で見ていくと、今までとは違う関係、つながりが見えてきます。従業員がパフォーマンスを発揮し、成長していくためには、それぞれの仕組みがどのようなもので、それぞれどのようにつながっている状態を目指すのかを考えてみることが、ラーニングエコシステムへの一歩目となるのではないでしょうか。
■ラーニングの観点からのラーニングエコシステム
ラーニングの観点からのラーニングエコシステムとして、Sprout Labs社のラーニングエコシステムモデルをご紹介します。
このモデルは、70:20:10のラーニングモデルを実現するためのツールとして活用できます。ラーニングエコシステムを考えていく際は、学習体験全体を考える必要があります。そこで、このコンポーネントが役立って来ます。
「Pathways」:学習のガイド。従業員が自律的に学んでいくようになっていくには、学習目標やパフォーマンス目標の設定のサポートや、学習プロセスに対してのサポートなど、いくつかのガイダンスが必要です。
「Gardeners」:お互いから学ぶ場。人は他者と会話をするときに学びます。他者から学ぶということは、質問だけでなく、ナレッジの共有やオンラインの議論、他者のふるまいを見るなど様々な場所で起きます。ここでの活動が、単なる経験からラーニングへ移行できるポイントになります。
「Hothouse」:スキルを実践する場。学習を行った後、実際の業務に取り掛かる前には、新しいスキルを練習しフィードバックを得るなど、習得する時間が必要です。
「Streams」:業務中に学ぶ。業務が複雑になるにつれ、学習してから業務につくということができなくなり、業務を実行しながら学ぶということが増えてきています。同僚から学んだり、適切な情報リソースにアクセスできたりする環境が必要になります。
「Foundations」:いつでも知識のサポートを行う。多くの場合、組織の知識が展開されるのは、研修が主な方法になっています。ラーニングエコシステムでは、研修以外にも様々な学習リソースやサポートリソースにアクセスできることが基盤になります。
これらのコンポーネントを踏まえ、研修設計の枠を超えて、より包括的なアプローチの設計に取り組んでいくことのフレームワークとして、ラーニングエコシステムが説明されています。
ゴールとする行動変容や習得スキルによって、このモデルの各コンポーネントの中身や重みが変わり、違う形になってくるでしょうが、それもラーニングエコシステムの形一つと言えます。
■テクノロジーの観点からのエコシステム
ラーニングエコシステムといったときに、テクノロジー(システム)の導入に関連して話をすることが一番多いかもしれません。
ATDが出版している、td at workの「A Tech Guide to Learning Ecosystems」では、ラーニングエコシステムを、「従業員の継続的な学習と成長のために、テクノロジー、コンテンツ、データを使って人々を結びつけるもの」と説明しています。
そして、テクノロジーを、「マネジメント」「プラットフォーム」「コンテンツ」「ポイントソリューション」に分類しています。それぞれでどのようなソリューションがあるのか、どのように評価・選定していけばよいのかについて解説しています。
ここ最近、デジタルラーニングへのシフトが急速に進みました。集合研修からオンライン研修へのシフトや、コンテンツプロバイダーが提供するeラーニングの導入などが進んだ企業が増えました。また、コミュニケーションの方法も、メール以外の方法も増え、多岐にわたっています。さらに、研修履歴以外の学習に関するデータの活用や、チャットボットやAIによる支援など、テクノロジーの適用範囲は各段に増えています。
テクノロジーについては、現時点ですべての要件を満たすソリューションというものは存在しません。それぞれの要件でベストなソリューションを選定し、API(Application Programming Interface)で連携してエコシステムを構築するという考えが必要になります。単一のツールを導入するということにとどまらず、包括的にとらえながら環境を構築していくことが重要になっています。
弊社が展開しているLXP(ラーニングエクスペリエンスプラットフォーム)のソリューションであるDegreedは、ラーニングエコシステムを構成します。
Degreedが目指しているラーニングエコシステムは、社内、社外の学習リソース(コンテンツや記事、ビデオ、書籍、研修など)及び経験の機会(プロジェクトやポジション、タスクなど)を連携し、従業員にパーソナライズした学習環境を提供します。
組織と各従業員の両方のニーズに対応でき、変化するビジネス環境の要求を満たすことができるように対応していくことを実現しています。
弊社ブログの「Josh Bersinレポート:LXPは企業学習の中心に」では、Degreedユーザーであるエリクソン社が取り組んでいるラーニングエコシステムの戦略を紹介しています。
■ラーニングエコシステムに向き合うには
人材育成、ラーニング、テクノロジーの観点からラーニングエコシステムを見てきました。どの観点においても、人を中心に置き、包括的に考えています。
ジョブ型へのシフト、リスキリング、DX人材、人的資本経営 など、企業の人材育成においては大きな変化の中にありますが、ラーニングエコシステムへの取り組みという視点で考えていくと、次の一手が見えてくるのではないでしょうか。
一つの参考として、3つの観点から見たラーニングエコシステムを整理してみました。
人材開発の観点では、キャリアやプロジェクトといった成長機会や、組織やチームといった人のネットワーキングを考えていくのが一つのポイントです。
ラーニングの観点では、研修やコンテンツなどの学習リソースとデリバリー、そしてそれらのデザインという点を考えていくことがポイントです。そして、ラーニングと人材開発をつなぐのがスキルになってくるでしょう。
テクノロジーの観点では、どのようなデータをどう活用していくのか、APIを通じてどのように連携していくかがポイントです。将来的にはAIの活用という観点もでてくるでしょう。
テクノロジーのツールはどんどん新しいソリューションが出てきますが、どんなツールやプラットフォームが必要になるのか、人材開発、ラーニングの観点と含めて検討が必要です。
そして重要なのが、すべてを考える軸となるのが、人ということになります。これからは人(従業員)を軸にラーニングエコシステムを構築していくという考えが重要になります。
ラーニングエコシステムはバズワードかもしれませんが、新たな人材戦略を考える上で、押さえておきたい視点の一つではないでしょうか。この記事の3つの観点がラーニングエコシステムを考えていく上での参考になれば幸いです。
関連資料:
関連ブログ:
・ラーニングテクノロジーについて
・エクスペリエンスラーニングの機会のスケーリング:70:20:10の新しい視点
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